ミレニアル世代の価値観から生まれたサッカークラブ!?「TOKYO CITY F.C.」とは【前編】


今春渋谷からJリーグを目指す構想を発表したサッカークラブ「TOKYO CITY F.C.」。

弊社からの出資を受け、運営組織が法人化され、その目標へ向かい歩みの速度を速めています。


今回はクラブの代表を務める山内に、ミレニアル世代の価値観から誕生したというその成り立ちや、クラブが目指すビジョンについて話を聞きました。





プレーする場として、実験場として、渋谷で


−−−TOKYO CITY F.C.という新たなクラブを立ち上げたキッカケは何だったのでしょうか?


私は平成元年生まれでミレニアル世代のど真ん中なのですが、学生時代からミレニアル世代のスポーツビジネスに携わる人間との交流が継続的にありました。渋谷に集い各々が応援したり働いているチームのユニフォームを着用して行う風変わりな交流会がメインだったのですが、ある時その中のメンバーたちを中心に自分たちのクラブを作ってみようという話になりました。


話が始まった背景は主に3つあります。


1点目はミレニアル世代を中心とした「DOスポーツ」とくにチームスポーツに対する意識の変化でした。学生時代までのDOスポーツというと部活やサークルに属してスポーツを行うということが一般的かと思いますが、社会人になると途端にスポーツをする機会というのが少なくなりました。会社のサッカー部に所属したり、学生時代のチームのOBチームに入ればその機会は確保出来るかもしれませんが、土日まで会社の人間関係に引っ張られたり、いつまでも昔の先輩後輩関係を引きずることを良しと思わない人も多く、本来自己表現の場で自由に楽しく出来るはずのスポーツが社会人になると、時間的制約も相まって途端に実施することが難しくなっていることに気付きました。なのでまずは上下関係や誰が偉いといったことは全く排除しフラットな関係のチームを作りたい、これが1つ目の理由です。



−−−確かに最近ではトップダウン・上意下達な象徴的存在とも言えた体育会部活にもそのような変化の兆しがあるように感じます。


まさにその通りで、私はもともと(株)大学スポーツチャンネルの役員として約10年間大学生年代のスポーツと向き合ってきました。その中で感じるのはトップダウン型の従来的な組織だけではなく、ボトムアップ型の組織やサーバントリーダーシップを発揮する組織などが台頭しはじめ、競技面でも所属するメンバーの満足感という面でも変化があると感じていました。それは時代の変化とともに、若者の価値観も変わって来たことの象徴でもあると感じています。


クラブを立ち上げた理由の2点目は、「実験する場」を欲していたから。クラブを立ち上げたのは2014年2月でしたが、当時スポーツビジネスの世界では種目の如何を問わず「観客の高齢化」が叫ばれていました。

このミレスポに象徴される大学スポーツチャンネルのミレニアルズマーケティング事業が立ち上がったのは2015年10月のこと、なのでクラブ立ち上げの当時、課題感を感じてはいたものの実際に何も動いてはいないという状況でした。

ただ指をくわえて時の移ろいを待っていたのではなく、色々なコンテンツホルダーに対して「若者を巻き込むためにこういうことをしましょう!」と提案をしていたのですが、いかんせん実績や前例が無いためなかなか実現に至らず歯がゆい思いをしていました。その気持ちを周囲に共有したところ、「実は私も社内で同じような障壁にあたってる」「何か目に見える前例をつくりたい」というような話題が生まれ、「だったら自分たちで若者に刺さるクラブをつくりそれを前例にしていこう」と、ある種の実験台としてクラブを立ち上げることになりました。


−−−弊社のミレニアルズマーケティング事業が立ち上がったのはクラブが出来てから1年半年後ですが、実験の場が出来たことと事業の立ち上がりに因果関係はあるのでしょうか。


クラブが無かったらこの事業に進出しなかったかと言うとそうではないですが、クラブの立ち上げ当初に様々な実験を出来たことは事業の立ち上げに影響を及ぼしたと感じています。


−−−「スポーツをプレーする場として」「スポーツを魅せる実験場として」に次ぐ最後の理由は何でしょうか。


最後の理由は「渋谷」という土地柄にあります。

私は個人的にも12歳の頃から渋谷の学校に通っていますし、大学スポーツチャンネルも本社は青山学院の中にあります。営業所も神宮前・代々木・神泉と渋谷区内を転々としましたし、前述してきた交流会も渋谷の地を舞台に開催されていました。

その中で様々な面で「地元」とも言える渋谷に当時はスポーツの要素が殆ど無かった。物理的な難しさがあるのは分かりますが、渋谷らしいスポーツのあり方というのもあるのではないかと思い、渋谷からクラブを立ち上げようと思いました。



ソーシャルなトレンドを取り入れる


−−−そうして立ち上げたクラブですが、その後具体的にどのような活動をしていたのでしょうか。


もちろんサッカークラブなのでリーグ戦を戦って勝利を目指す、ということはあるのですが当時の優先度としてはそれよりも「何か面白いことをやろう」という風潮の方が強かったように感じています。

当時頻繁に話していたクラブの哲学は「PLAY new FOOTBALL , PLAY new TOKYO」サッカーの新しい楽しみ方をつくり、サッカーを渋谷・東京での遊びの選択肢にしようという意味です。


サッカーの新しい楽しみ方という意味では、サッカーを題材とした様々なコンテンツを開発しました。


出展した旅をテーマにした夏フェスでは参加者がボールを蹴って的当てをし、世界地図が様々な塗料で色づいた「サッカーで世界を染めよう #ColorITYourself 」という企画をしたり、


 



真っ暗闇の中光るボールを蹴ると、その軌跡が地面にマッピングされるという「ヒカサカ」という企画を東京大学大学院の研究室と共同開発したり、様々な「サッカーの新しい楽しみ方」といえるようなコンテンツの開発に注力しました。





−−−敢えてサッカーサッカーしすぎないコンテンツ開発を意識していたのでしょうか。


「サッカー要素が強すぎてはダメだ!」というサッカーの否定というでは当然なく、どちらかというとソーシャルなトレンドを取り入れることを意識していました。

これはミレニアルズマーケティング事業でのSNS運用にもそのまま通じ実践している考え方なのですが、世の中の大多数の人はサッカーにもスポーツにも興味はありません。でも皆んなで楽しめることや、思い出を残せることといった広義の「遊び」には関心があります。


カラー地図企画をやっていた時は「Instagramのタイムライン」に基づく遊びの選択の全盛期。だからこそいわゆるインスタ映えを意識したサッカーコンテンツが出来ないかと考えた結果、あのようなアウトプットが生まれました。

「ヒカサカ」については、ミレニアル世代が遊びを選択するソースとなるのがInstagramのタイムラインからストーリーズへ変化し出したタイミング、静止画から動画への変化のタイミングと言い換えることも出来ますが、そのような時代背景も踏まえて「動画映え」する企画ということを意識しました。



−−−ミレニアル世代を惹き付けるためのリアル施策に重点を置いている印象ですが、デジタル施策はどうだったのでしょうか。


当然デジタル施策も重要施策のひとつと位置づけ取り組んでいました。正直クラブとしての予算は無いに等しかったため出来ることは限られていましたが、特に公式HPとSNSアカウントの運用には力を注いでいました。

公式HPは特段変わったことをするというより当たり前のことを当たり前にやろうというスタンスですが、日々地道にコンテンツを発信し続けたこともあり、「東京 社会人サッカー」という検索キーワードで、チームとしては1位の表示順位になりました。





−−−SEOで上位に来ることで具体的なメリットはありましたか。


めちゃめちゃありました。一番分かりやすいのは選手のリクルーティングです。

所属チームを探す選手は、人との繋がりで探すほかに自分で能動的に検索を行い所属先候補を調べる選手が増えています。前述したキーワードで検索する選手も多く、オープン参加可能なセレクションには約60人が参加をしてくださり、そのうちの過半数はWEB経由でチームを知ってくださったというデータもありました。


WEBだけでなく、SNSも力を入れて運用してきました。ミレニアル世代に対してのリーチを考えるとSNSの活用は不可欠なため、「あえてプロチームかよ!」とツッコミが来るくらいのコンテンツを作っていました。その当時はお世辞にも決してピッチ内のレベルが高いとはいえない状況でしたが、それが逆に良い意味でのアンバランスを産んでいたのかもしれません。









強くならないと始まらないこともある


−−−サッカークラブでありながら、どちらかと言うとピッチ外の活動が目立つように感じますが、そのような創設期から5年が経過し「Jリーグを目指そう」と方針転換をした理由はどのような点だったのでしょうか



「Jリーグ」を目指そうの前に、「もっと強くなろう」という議論がありました。

ピッチ外での活動が目立っていたというのはまさにそうで、ピッチ内でも相応の努力をしていたものの、上には上がたくさんいてなかなかピッチでの結果が付いてきませんでした。(2015シーズンに東京都4部へ加盟し、その年は1年で昇格をしたものの、3部リーグでは2016・2017シーズンと2シーズン連続で昇格を逃すこととなった)


冒頭に話したようにクラブの成り立ちは強いチームを作ろうとの号令ではありませんでした。ですが、サッカーを楽しめる場を作りたいとか、サッカーでワクワクしてもらって遊びの選択肢として感じてもらいたいと思った時に、弱いチームで良いのかと。

強さが絶対条件では無いかもしれないですが、強くならないと始まらないこともある。そんなことをクラブに携わるメンバーで話し合い、「もっと強くなろう」という結論に至りました。



−−−その後2017シーズン末に新たなGMが加入し、2018シーズンは3度目の正直として3部リーグを優勝したんですね。


クラブの創設期に関わっていたメンバーはクリエイティブやデジタルマーケティングなどに明るい人間が多かったもののチームの強化に関する経験を持ち合わせている人間がいませんでした。分からないなりに、強くする方法を模索するということも出来たかもしれませんが、ここは専門家を招き抜本的に運営体制を変えようと思いGM職をクラブに設け、ジョインしてもらうことになりました。

そして様々な改革が実を結び、3度目の挑戦として望んだ2018シーズンの東京都3部リーグを優勝することができ、無事に2部昇格を果たしました。東京都2部というリーグはJ1から無理やり数えると8部相当のリーグです。まだまだ上には上がいっぱいいるのですが、ここに来るまでも簡単な道のりではありませんでした。




−−後編では、Jリーグを目指す構想を発表した背景やビジョンについて話を聞いています!


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