Jリーグ選手と、しかも6人もの異なるクラブに所属する選手たちと向かい合ってお喋りを出来る。
子どもたちにとって夢のような時間はあっという間に過ぎ去っていった。
「僕自身はプロでないけれど、サッカーで得た経験を生かして今は仕事を頑張っている。サッカーを通じて色んなものを吸収して成長してもらいたい」
これは横浜F・マリノスユース出身の6名により立ち上げられたプロジェクト『ROOTS.』による小学生を対象としたオンライントークイベントで、当時キャプテンを務めていた山岸純平がイベントの締め括りとして語った言葉だ。
子どもたちにとって、かけがえのない経験となったことだろう。
『ROOTS.』プロジェクトに参加するのは、
森谷賢太郎(愛媛FC)、長谷川アーリアジャスール(名古屋グランパス)、田代真一、武田英二郎(ともに横浜FC)、齋藤陽介(元横浜F・マリノス)、山岸純平の横浜F・マリノスユースの同期たち6人。
オンライントークイベントは『ROOTS. Talk Session』と題して小学生チームを対象に行われた。
やや緊張した面持ちながらも、おどける選手たちによって徐々に緊張がほぐれてきた小学生たちは、ここぞとばかりに思い思いの質問をぶつけた
(小学生からの質問)
中学校に入るまでに、リフティングはどれくらい出来れば良いですか?
(武田選手)
実は小学生の頃は最高で50回、平均15回くらいしか出来なかったんだよね。でも、サッカーはリフティングが全てじゃない!
リフティングが苦手な人は気にせず、自分の特徴を伸ばせば良いと思うよ。
(小学生からの質問)
サッカー以外で好きなスポーツはありますか?
(斎藤選手)
俺は小学生のころはサッカーばかりやっていたけど、今は野球とか他のスポーツも見るよ。
サッカー以外の他のスポーツから学ぶこともあるので、見て勉強することも大切じゃないかな。
(森谷選手)
俺はバレーボールが好き。ラリーが続くとずっと見ちゃうんだよね。
(小学生からの質問)
小学生のころに他の人より練習したことはありましたか?
(長谷川選手)
俺は公園にコーンを並べて両足でドリブル練習をしていた。インサイド・アウトサイドを繰り混ぜてドリブルする練習を沢山していたな。
(森谷選手)
小学生の頃、小さくて足も速くないし体も大きくなかったけど、「止めて蹴る」技術だけは自信があった。小学生の時からずっと自分のストロングポイントを伸ばすことを意識していたよ。
(田代選手)
遠くに飛ばすのが好きで、キック板を使って壁に向かってキックの練習をしていた。それがすごく楽しかったな。
(小学生からの質問)
自分の得意なプレーは何ですか?
(斎藤選手)
足の速さと点を取ることが得意。それがあったから横浜F・マリノスユースにも入れた。
みんなも自分の得意なプレーを磨けば、いつかJリーガーになれるかもしれない。太子堂SCからJリーグを本気で目指して欲しい!
※斎藤選手は太子堂SCのOB。
およそ40分のトークイベント、参加した小学生たちからは様々な質問が飛んだが、選手の回答に共通していたことは「自分の強みを活かせ」というメッセージであった。
SNSの発展により、何かと他人と比べがちな現代だが、自らの強みを伸ばすことは時代を問わず普遍の成功法だ。
イベント終了後には横浜FCに所属する武田英二郎選手に、ROOTS.プロジェクトへの想いとプロジェクトを通して起きた自身の変化についてインタビューを行った。
ーまずはROOTS.の取り組みについて教えてください。そもそもROOTS.はどのように生まれたのですか?
プロジェクトメンバーの6人は横浜F・マリノスユースの時から仲良しで、高校生の時から今までずっと連絡を取り合っていました。
「いつか一緒に何かやりたいね」という会話は頻繁に行っていました。
そんな折、今年のGW頃に森谷選手から「こういうタイミングだからこそ皆んなで何か始めよう」という提案があり、そこからプロジェクトが始動しました。
ー皆さんを突き動かしたモチベーションは何でしょうか?
何か恩返しをしようというのが一番の理由でした。お金儲けをしたいとか、有名になりたいとかでなく自分たちも1人の社会人として経験を積みたいということも理由のひとつです。
ー森谷選手の発案から具体的にどのようなアクションをしたのですか?
毎日のようにオンラインで打ち合わせを重ねる中、自分たちに出来る事としてマスクを独自で購入し寄付させて頂きました。
自分たちの古巣であり「ROOTS.」のアイデンティティでもある、横浜F・マリノスユースをはじめ、自分たちの現所属クラブのアカデミーやホームタウンの飲食店・幼稚園などに寄付を行いました。
僕は現在横浜FCに所属しているため、古巣とはいえ横浜F・マリノスユースへ寄付を行うことに幾ばくかの不安もあったのですが、「こういう期間だからこそ垣根を越えるべき」という強化部長からの言葉にも背中を押されました。
ー確かに古巣とは言え、同じホームタウンのライバルクラブに所属する身として躊躇う気持ちも分かります。
マスクを渡した時に選手もスタッフもすごく喜んでくれました。わざわざ個別に連絡も頂きました。自分たちのことを今でも気にかけてくれていることが嬉しかったです。
ーそしてトークイベントの実施に繋がると思うのですが、実際にやってみて今後に向けての手応えはどうでしょうか?
中断期間に出来る事として、自分たちの経験を伝えていこうとなりました。
トークイベントは複数回やりましたが、自分たちにとっても凄く勉強となりました。
今後はJクラブの無い県や、なかなか気軽にJリーガーに会えないような県に行ってサッカーキャンプを行ったりしたいです。今直ぐの実現はコロナの影響もあり難しいかもしれないですが、サッカー教室もやりたいです。
この中断期間だから出来た、とならないよう無理なく継続してくつもりです。
ーここからは武田選手自身について伺います。武田選手は以前からあまりSNSが好きで無いと仰っていましたが、今回ROOTS.のプロジェクトを開始するにあたりSNSの活用を始めました。心境に変化があったのでしょうか?
僕個人としては、サッカーに集中したいという理由からこれまではSNSを含め、なるべくサッカー以外のことをしないようにしてきました。ただROOTS.のメンバーからの猛烈な誘いもあり、自分の中でルールを作った上で始めました。
ーどのようなルールだったのでしょう?
あまりサッカーに寄りすぎないSNS活用にするという点です。僕は特にInstagramを中心に使い始めたのですが、サッカーについてあまり言及しないつもりです。子どものことだったり、自分の得意な語学のことだったり、そういった人としての自分らしさを発信するつもりです。
ー語学という面ではチームメイトのイバ選手と行ったインスタライブも話題になりましたよね。武田選手が通訳をやりながら2人でファンの方とコミュニケーションを取るライブ配信は新鮮でした。
僕としても、イバ選手とのインスタライブは手応えがありました。イバ選手と話をする中で、何か一緒にやってみようよとなりインスタライブが実現しました。クラブも沢山宣伝してくれたましたよ。
自分を偽ってキャラを作って無理して配信しても続かないですが、イバ選手とのライブ配信は自然体で出来ました。
ーSNSに取り組み始めて全体的に手応えを感じていますか?
今は明治安田生命Jリーグが中断期間ということもあり、特にマイナス面を感じたことはありません。
暖かいコメントも多く、嬉しいメッセージも来ます。
実は僕もこれまでTwitterをやったりFacebookをやったりしていた時期もあったのですが、明確な目的を持っていなかったこともあり、続ける理由がなくなり辞めてしまっていました。
そういった経緯もあり、近年ではただ単にSNSを始める気にならなかったのですが、今回は明確にやる理由があり、ROOTSを通して自分のことを知ってもらいたいと思っています。
ーROOTS.のプロジェクトや武田選手の発信からはアスリートとして社会に対してどう価値提供するかといった意識を感じます。
今回はとにかく世の中が大変な状況になり、正直言ってサッカーどころじゃないなと思いました。
改めてサッカーよりも大切なことが沢山あると感じましたし、サッカーが無くても世の中は普通に回っていくということを感じました。なんだかみんなが作る世界とは別の世界にいるとも思いました。
娯楽であるサッカーは社会構造的に意味が無いのか、とも思いました。
だからこそ、サッカーに価値を感じ応援してくれるファン・サポーターの方やスポンサーさんなどからの期待に応えたいという気持ちも強くなりました。
ROOTS.の取り組みも、これまで通りの平穏な日常に思い付いていたら何だかカッコつけてる感があり二の足を踏んでいたかもしれませんが、この状況下だからこそ自然に行動に移せました。
ー行動をしてみて、得たものや感じたことはありますか?
そんなに御礼されるとは思わなかった、というのが一番の感想です。
知らないコーチの人から御礼をされたり。
一歩踏み出すハードルは高かったですが、行動をしてみて良かったですし意味があるんだと実感しました。
ー行動を起こすことに二の足を踏んでいるアスリートは多いと思います。そのような選手にかける言葉はありますか?
自分が出来ることからやるのが良いのではないでしょうか。
SNSにしろイベントにしろ、自分を偽って人の真似や無理やりキャラを作っても最終的に苦しくなるのは自分です。
自分に嘘つかず出来ることをやる。自分は自分だと思って良い。
自分に正直に行動するのが良いし、自分に正直なSNS活用が良いと実体験からも思っています。
ROOTS.によるオンライントークイベントでの選手たちからのメッセージ。
そして武田選手がインタビューで語った言葉。
それぞれには共通点があった。それは「自分らしく、自分の強みを活かす」ということ。
前者は子どもたちへサッカーのスキル面においての、後者はアスリートへSNS活用やイベントを実施する際のポイントに関して言及したわけだが、不思議とその言葉たちには共通点があった。
新型コロナウイルス感染症の影響によりスポーツ界にはパラダイムシフトが起きている。
時代の変化を黙って受け入れるのか、それとも自ら時代の変革者になるのか。
いずれにせよ、新時代に適応するアスリートにはこれまで以上に自分と向き合い、「自分らしく、自分の強みを活かす」ということがピッチ内外において求められている。
アスリートが社会をリードする時代へ。
今まさに大変革期を迎えている。